大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

京都地方裁判所 平成元年(わ)303号 判決

主文

被告人両名をそれぞれ懲役一年八月に処する。

未決勾留日数中、被告人岩川成人に対しては二八〇日を、被告人松井俊彦に対しては二五〇日を、それぞれその刑に算入する。

被告人両名に対し、この裁判が確定した日から四年間それぞれその刑の執行を猶予する。

訴訟費用は被告人両名の連帯負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人両名は、日本革命的共産主義者同盟革命的マルクス主義派に所属するものであるが

第一  ほか一〇数名とともに、昭和六三年七月一日午後零時四五分ころ、京都市左京区吉田二本松町官有地、京都大学教養部構内E号館玄関前付近において、かねてから対立関係にあった革命的共産主義者同盟全国委員会に所属する川口明こと〓木康ら約二〇名の生命、身体に対し、共同して危害を加える目的をもって、伸縮式鉄パイプ約一二本(平成元年押第一三二号の1の1ないし12)の兇器を準備して集合した

第二  ほか一〇数名と共謀の上、前記日時ころ、前同所において、前記〓木康、高橋正こと田中宏和、高橋庸正、自称高杉陽一、伊藤博子及び二二歳くらいの氏名不詳の女性ら六名に対し、前記鉄パイプをもってその身体を殴打するなどの暴行を加え、よって、右〓木康に対し加療約一週間を要する左耳後部挫滅切創等の傷害を、右田中宏和に対し加療約一週間を要する前額部挫滅切創等の傷害を、右高橋庸正に対し加療約一週間を要する左顔面打撲兼挫創等の傷害を、右高杉陽一に対し加療約一週間を要する左耳前部及び耳介挫創等の傷害を、右伊藤博子に対し加療約二週間を要する頭部打撲挫創等の傷害を、右氏名不詳の女性に対し加療約一週間を要する頭部打撲挫創等の傷害をそれぞれ負わせた

ものである。

(証拠の標目)(略)

(補足説明)(中略)

二 弁護人は、次に、被告人らの本件関与を肯定する旨の田中一郎の検察官に対する供述調書は刑事訴訟法三二一条一項二号該当の書面としての要件を満たさないから証拠能力がなく、また、司法巡査豊田直幸作成の昭和六三年六月二九日付写真撮影報告書添付の各写真(検第七〇号、ただし写真番号29ないし31を除く)及び同人作成の平成元年一〇月一三日付捜査報告書添付の各密着写真(検第六八号、ただし写真番号21ないし23を除く)(以下、これらを「本件写真」という。)は、その撮影時の職務質問が警察官職務執行法に定める職務質問の要件を満たしておらず、任意捜査としての範囲を超えた違法なものであり、さらに、撮影自体も被撮影者の承諾を得ずしてなされたものであって、被撮影者の同意なく撮影された写真の証拠能力について判示した最高裁判所昭和四四年一二月二四日判決の掲げる要件を満たすものではないから、結局、本件写真は、令状主義に違反する違法な職務質問の際に、適法な写真撮影の要件を満たさずして撮影されたものであって、いずれの点からも証拠能力を否定されるべきであり、いずれも証拠から排除されるべきである旨主張する。

1  そこで、まず、田中一郎の検察官に対する供述調書の証拠能力について検討する。

同調書は、これを刑事訴訟法三二一条一項二号該当の書面として採用することについて、当初弁護人から反対の意見が述べられていたものの、公判手続更新後の当公判廷においては、格別異議もなく、適法にその証拠調べが終了しているものである。ところで、右田中は、当裁判所による証人喚問に対して数回不出頭を繰り返した後、本件から約一年半経過した時点でようやく出頭して尋問に応じるに至ったものであり、また、その証言中においても、「(本件は)一昨年の夏のことで、わたしはこんな嫌なことは忘れたいので、思い出すのは不可能やと思います。」と述べるなど、明らかに証言を渋る態度が窺われる。そして、その証言内容も二転三転しているのであるが、これは、当時同人が被告人らの面前では穏やかな心理状態で証言に臨むことができなかったことによるものと考えられる。それに引き換え、同人の前記供述調書は、これが作成された際の取調べに特段の問題がないばかりか、その供述自体も本件発生から約一か月後のいまだ同人の記憶の鮮明な時期になされたものであるし、また、同人の前記証言内容等からしても、同人は被告人らのいない場所での方が気兼ねなく供述できたものと認められる。以上の事情を対比して検討すれば、同人の公判廷供述よりも右検面調書の方が信用性の情況的保障があることは明らかであり、かつ、両者の間には相反性も存するのであるから、結局、同調書は、刑事訴訟法三二一条一項二号該当の書面としてその証拠能力を認めることができる。

2  次に、本件写真の証拠能力について検討するのに、本件写真は、公判手続更新前の第一〇回公判において証拠能力を認めて採用決定がなされ、これに対する弁護人の異議もなく適法に取調べがなされているものであるが、なお、弁護人の所論にかんがみ、その証拠能力についての当裁判所の判断を付言しておくこととする。

まず、関係証拠によれば、そもそも被告人らに対する職務質問の契機となったのは、本件に先立つ昭和六三年五月三〇日と同年六月二三日の二度にわたって発生した革マル派らと中核派との間の前記対立抗争事件であって、かつ、右の質問当時被告人らが右の事件にかかわっていた疑いは十分に存在したのである。してみれば、警察官が右事件の事情聴取のために被告人らに対して職務質問を実施したとしても、そのことに何ら違法、不当な点はないというべきであるし、また、その際の写真撮影も、それ自体何ら強制力を伴うものではないのであるから、右の職務質問の違法を理由とする弁護人の主張は理由がない。

次に、本件写真撮影の適法性について検討すると、なるほど、何人といえども、その者の承諾なしにみだりにその容貌、姿態を撮影されない自由を有することは、憲法一三条の趣旨に照らして明らかであるが、個人の有する右自由も、国家権力の行使から無制限に保護されるわけではなく、公共の福祉のためには、必要かつ最小限度の合理的な範囲で制限を受けることもまた、同条に照らして明らかである。ところで、いかなる場合に個人の容貌、姿態をその者の承諾なくして撮影することが許容されるかは、具体的事案に即して、その写真撮影がなされた目的、方法、態様、他の代替手段の有無等の捜査機関側の利益と、被撮影者が右の自由を侵害されることによって被る不利益とを、総合的に比較考量して判断されるべきである。例えば、既に行われた犯罪の犯人特定のための証拠保全を目的とした写真撮影については、その犯罪が社会、公共の安全を確保する上で重大な事案であり、被撮影者がその犯罪を行った犯人であることを疑わせる相当な理由のある者に限定されており、写真撮影によらなければ犯人の特定ができず、かつ、証拠保全の必要性及び緊急性があり、その撮影が社会通念上相当な方法をもって行われているときには、たとえそれが被撮影者の承諾なくして行われたとしても、比較考量上、捜査機関による写真撮影が許容される場合に当たり、その写真撮影は適法なものとして、その写真の証拠能力が認められると考える。

これを本件についてみると、証拠によれば、本件写真撮影は、これより先の前記昭和六三年五月三〇日と同年六月二三日に発生した本件と同種の内ゲバ事件に関して被告人らに職務質問が実施された際、右事件の犯人を特定するため、その証拠保全を目的としてなされたものであるところ、右職務質問の容疑事実は形式的には兇器準備集合罪ではあるが、その実態はいわゆる中核派と革マル派の対立抗争事件であると認められ、対立抗争が激化すれば公共の平穏を害し、かつ、多数人の生命、身体に危害が及ぶ可能性が極めて大きいのであるから、社会、公共の安全を確保する上で、右は重大な事案ということができる。また、中核派と革マル派との間には、それ以前にも京都大学教養部構内でいく度となく対立抗争事件が発生していたもので、このような状況下において右二件の内ゲバ事件が発生し、本件当日も右両派の者らがそれぞれ同大学教養部構内に来ているという情報があった中で、黒川警部補らによる前記職務質問が実施されたところ、被告人らを含む革マル派集団は一切これに応じようとしなかったというのであるから、当時、被告人らがその容疑事実に関与していることは強く疑われたのである。そして、本件写真撮影の対象者も右容疑のある被告人らに限定されているのであり、しかも当時の状況からすると、写真撮影によらなければ犯人の特定が明確にできず、かつ、証拠保全の必要性及び緊急性もあったと認められる。さらに、その撮影の時間もせいぜい二三分間程度のもので、場所も公道上であり、また、公判で証拠として採用し取調べがなされた写真はいずれも強制力の行使を伴わないものであるから、本件写真撮影は、その方法の点においても社会通念上相当なものというべきである。

そうだとすると、本件写真撮影は、たとえ被撮影者の承諾がなくても、公共の福祉の観点から法律上許容される場合に当たり、結局、本件写真はいずれもその証拠能力を認めることができるので、この点についての弁護人の主張も理由がない。(以下略)

(白井万久 松尾昭一 釜元修)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例